「やっぱりあたしには無理!」

手に持っていた古文の教科書を放り投げて机にバタッと倒れると、家庭教師兼あたしの恋人でもある友雅さんが落ちた教科書を拾ってあたしの頭の上に乗せた。

「こらこら、まだ開いたばかりだろう?」

「だって分かんないんだもん!」

「だから勉強するのだよ。ほら、教科書を開きなさい。」

「うぅ〜・・・」

宥められて何とか教科書を開く・・・けど、現代の言葉とはかけ離れた文字を追いかけていくと頭の中で羊が柵を越え始める。
しかも原文を読んでくれてる友雅さんの声がまたいいから・・・だんだんと意識が遠くなっていく。

「・・・じゃぁこれを現代語訳すると・・・?」

「・・・」



「うひゃぁっ!」

耳元で名前を囁かれて思わず真っ赤になって飛び起きる。
と、友雅さんの声って分かってるけど心臓に悪い。

「古文が赤点だと言うから今日は重点的にやってるんだろう。授業を受けている生徒の気がそぞろ、と言うのは感心しないね。」

「ご、ごめんなさい・・・だって友雅さんの声聞いてたら気持ちよくてだんだん意識が遠くなって・・・」

「・・・数学を教えてる時もそう言わなかったかい?」



――― 言った。



「私が解き方を教えている途中でやっぱり眠ってしまったね?」

「・・・はい。」

ふぅ・・・とため息をついて友雅さんが机の横にあるベッドに腰掛けてじっとあたしの顔を見つめた。

「教科書を閉じなさい。」

「え?」

「今日は少し話をしよう。」

「???」

さっきまで何度教科書を放り投げてもあたしの前に置いた友雅さんが、何で急にそんな事を言い出すのか分からなかったけど、友雅さんと話せるなら何でもいいや!
パタンと教科書を閉じて、ノートも古語辞典も全部まとめて机の上に積み上げると、椅子を回転させて友雅さんの方へ体ごと向いた。

「やれやれ、他の勉強もそれくらいやる気がみられると私も嬉しいんだけどね。」

「お話って何?」

「あぁ、そうだったね。」

一度瞳を閉じて、ゆっくり目を開けた友雅さんの表情が今までと変わる。

は、想い人に恋文を書いた事はあるかい。」

家庭教師の橘友雅から、あたしのたった一人の恋人である・・・橘友雅に代わった。

「恋文?」

「そう。今ではラブレター、と言うね。」

「・・・ないよ。」

一瞬考えてすぐにそう応えた。

「あたしが手紙とか作文とか・・・そういうの苦手だって知ってるでしょう?」

「あぁ、そうだったね。」

過去に見せたあたしの作文を思い出したのか、友雅さんは口元に手を当ててクスクス笑い出した。
それすらも絵になってるから文句を言いたくても言えない。
言うよりも先にその姿に目が惹きつけられてしまう。
遠慮なくじぃーっと穴が開くほど友雅さんを眺めていたら、その白くて長い指がそっと頬に伸ばされ一瞬息が止まった。

「っ!」

の場合は手紙に思いをしたためるより、その綺麗な瞳で相手を見つめ、言葉を伝える方がより効果的だね。」

「綺麗!?」

友雅さん以外の口から決して容姿を褒められる事なんてないあたしは、危うく椅子から落ちそうになった。
そんなあたしの動揺なんて手に取るように分かってるんだろう。
椅子の肘を置く部分に両手を置いて、顔をあたしの方へ近づけると・・・友雅さんの艶っぽい声が耳元で囁かれた。

「・・・私に想いを告げてくれた時のように、ね。」

「まっっまたからかって!!」

声がひっくり返った上、顔を真っ赤にして友雅さんの胸に両手をついて必死に押しかえす。
けれど相手はそんなあたしを見ても、楽しそうに微笑むだけ。

「からかってなどいないよ。」

「からかってる!」

「やれやれ、恋人である私の言葉が信じられないのかい?」

「そ、そんな事は・・・」

「キミはとても魅力的な女性だよ。」



――― 撃沈。



大好きな友雅さんがこんな近くでそんな風に優しく微笑みながらそんな事言われたら・・・もう流されるしかないよ。





あたしが大人しくなったのを見計らって、そっとあたしから体を離した友雅さんがベッドに腰を下ろして手招きした。
抵抗する気力なんてさっぱり無くなったあたしは、誘われるまま友雅さんの隣に腰を下ろした。
肩をそっと抱き寄せられ、友雅さんの広い肩にコツンと頭を乗せる。
友雅さんっていつもいい匂いがする・・・何の香りだろう。
肩に置かれた手が頭に移動し、大きな手が優しく髪を撫でてくれる。
それが気持ちよくて目を閉じてると、前を見たまま友雅さんが語り始めた。

「今でこそ愛しい相手に想いを告げる事も、こうして触れる事も容易いけれど、が今勉強している時代ではそれが難しかったんだよ。」

「・・・そうなの?」

「相手の目を見て、想いを伝える事ほど素晴らしいものはない。けれど、それが出来ない時代だからこそ・・・その想いを一通の文に託すんだ。」

そう言うと友雅さんが脇に避けていた本を手に取り、それを開いてあたしに見せる。

「さっきが投げ出した話も、男女の目通りがままならない時の恋物語なのだよ。」

「え?」

「想いを文にのせ、お互いに長い時をかけて互いを知り合い・・・その果てに何があるか、知りたくないかい?」

にっこり笑顔で微笑みながら、そう言われて・・・机の上に積んでしまった教科書にチラリと視線を向ける。



――― き、気になる。



そんな表情の変化を読み取ったのか肩に置いていた手を外して立ち上がると、友雅さんがあたしの目の前に教科書を差し出した。

「無理に読もうとしなくてもいい。が気になる所だけでも、読み進めてみないか。」

「・・・うん。」

コクリと頷いて、何度何度も放り投げた教科書に手を伸ばす。
大人しく教科書を開いて、もう一度最初から文章を目で追っていく。
隣から伸びてきた細い指が示す言葉は、古語辞典を引かないと分からないような言葉ばかり。
だけど、それを噛み砕いて教えてくれる友雅さんの声は、何だかとっても優しくて・・・聞いていて心地がいい。





「・・・じゃぁこの人は何度も文を送ったんだ。」

「そういうことになるね。」

「うわぁっどうなるんだろう!この続きは?」

「残念ながらキミの教科書ではここで終わりのようだよ。」

「えーっっ!」

「おや?さっきまでこれを投げ出していたのは誰だったかな?」

「・・・あたし。だけど気になるんだもん!」

文を送り続けたこの人がどうなるのか。
身分違いのお姫様はこのあとどうするのか・・・くっそー教科書め!どうせなら最後まで載せてくれればいいのに!!

「気になるようなら今度、続きを持ってきてあげるよ。」

「本当?」

「あぁ、が興味を持ってくれたのは嬉しい事だからね。」

「お願いします!!」

ペコリと頭を下げると、友雅さんが部屋の時計を指差した。

「今日は随分集中して頑張ったね。もう、こんな時間だよ。」

「え?・・・うわっ本当だ。」

時計を見ると、家庭教師をお願いしている時間を大分過ぎている。

「ごめんなさい、遅くまで・・・」

「構わないよ。元々今日は一日と居るつもりだったからね。」

「え?」

「さて、頑張った姫君に食事をご馳走しようかと思うんだけれど・・・いかがかな?」

何時の間にか上着を腕にかけた友雅さんが、こっちに手を差し伸べてくれている。
気付けば腹の虫も小さな声で鳴いていた。

「彼らの恋の行方も気になるが、私としてはとの恋物語の続きを描いていきたいのでね。」

「!?」

「食事が終わった後に、ゆっくりと私のこいのうたをお聞かせするよ。」





勉強なんて大嫌い。
だって別に昔の言葉を知っていようと、知らなかろうと生活するのに困らないもの。
他の勉強だって同じ。
知らなくても困らないし、知らなきゃいけないものでもないでしょう?

でもね、大好きな友雅さんが側にいてくれれば・・・どんな物でも興味が出てくるの。





「・・・こいの、うた?」

「あぁ。今度は少将の胸のうちではなく、に想いを寄せている橘友雅の胸の内を聞いてくれるかい?」

それから後は、終始友雅さんの熱い想い包まれて過ごした。
どんな物語のお姫様でも、あたし以上に幸せな人はいない。



――― 友雅さんが詠う、こいの歌は・・・まるで媚薬のようにあたしの心を痺れさせる





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風見は勉強が嫌いです(おいっ)
テスト勉強とかするたびに「こんなの出来なくても生きてける!」と叫んでいたもんです・・・が、勉強が大切だと気付くのは社会に出てから(笑)
その時に「あ」と思ってももう遅い(いや、遅くはないけどね)
こんな風に友雅さんが勉強教えてくれたら高校時代、もっと脳みそに皺が増えただろうに!!(中学は勉強してたらしい(笑))
・・・などと、あとで叫ばないように今の学生さんはしっかり勉強しておきましょう!
こんな風に話を書こうとした時に、ちょっとした事を知っているととても便利です(えぇ本当に!)
まぁその都度調べていけば色々と知識になるんですけどね(大人になってからの勉強?)
とりあえずこの作品は・・・Mさんへw(笑)
続き、読みたいって言ってたでしょ?頑張ったよ!!
・・・細かい所の突っ込みはナシで宜しく(汗)
だって古典、わかんないんだもん(脱兎)←逃げるんかい!